教えて！住まいの先生

街歩きが好きで、都内もあちこち歩き回っている者です。

最初に一つだけ申し上げれば、池田山も田園調布も、住宅地として開発され分譲が始まったのは大正時代のほぼ同時期です。都心部のお屋敷町である島津山・松濤・徳川山・西片なども、郊外の田園調布や成城も、住宅地として開かれたのは概ね関東大震災前後の大正から昭和初期という点では同じで、歴史的に田園調布が都心部の住宅地より「新興」の住宅地であるという事実はありません。

ただ、おっしゃりたいことはよく分かるんですよね。田園調布や成城のように、田畑以外に何もなかった郊外に定規で線を引いたように一から整然とした街区を造成した所と、都心部の江戸時代の大名屋敷や幕臣の居住地を住宅地に転用した所では、屋敷町としての歴史の重みも風情も全然違いますから。
千駄木の旧林町、動坂上と団子坂上とを結ぶ千駄木山の尾根道（あの通りに名称はありましたっけ）あたりの落ち着いた雰囲気はとてもよいですね。共感いたします。

池田山とか千駄木林町とか、「あんな感じのお屋敷町」を自分の知っている範囲で紹介します。念のため、ご承知のこととは思いますが、今は21世紀の東京ですから、一般住宅の建物が戦前からそのまま残っている例は少ないですし、古い街並みの中にも現代風の建物や施設がいくらも建っています。実際に行くと少しがっかりする所も多々あるかと思いますが、ご容赦ください。



●文京区西片1～2丁目。北から南に伸びた舌状台地の突端にあたる高台。江戸時代は備後福山藩・阿部氏の藩邸、明治後期から阿部家屋敷を中心に住宅開発が始まった東京のお屋敷町の草分け。東京帝大に近かったため学者や文化人が多く住んだ。特に南寄りの1丁目には区画の広い大邸宅が多い。

●文京区本駒込6丁目、白山通りと六義園の間の一帯。いわゆる「大和郷（やまとむら）」。江戸時代は加賀前田家の中屋敷（上屋敷は現在の東大キャンパス）で、明治維新後、隣接する六義園（江戸時代は大和郡山藩主・柳沢家藩邸）ともども三菱財閥の岩崎家の所有となり、大正時代に住宅地として分譲されたところ。巣鴨駅に近い立地なのに、驚くほど閑静。ここにある「大和郷幼稚園」は美智子皇后が幼き日に通園されたことで知られ、この一事で箔がついて現在は東京屈指の難関お受験幼稚園に。

●文京区小日向2丁目の西寄り、鳩山家の音羽御殿（鳩山会館）の東に続く一角。通称「久世山」。小日向台地の西の際、江戸時代は徳川家御家人の「御賄組」の組屋敷があったところ。江戸時代そのままの短冊形の町割りに戸建ての家が整然と並ぶ落ち着いた住宅街。

●台東区谷中2丁目、三浦坂と「あかじ坂」に挟まれた一帯。「高級住宅街」というのとは少し違うかもしれないが、谷中は東京を代表する寺町で、空襲の被害も免れたところなので、寺院と和風の邸宅が混在した渋く落ち着いた街並みが残る。大名時計博物館や、外国人に人気の純和風旅館「澤の屋」がある。

●新宿区の牛込神楽坂駅南側、北町・中町・南町とその東の袋町・若宮町界隈。北中南の三町は江戸時代の御徒組の組屋敷。その東も幕臣が居住していた地域で、急峻な崖となって外濠に落ち込む台地上にある。江戸時代そのままの街区に邸宅が並ぶ、知られざるお屋敷町。都心中の都心にあるのに、こんな静かな住宅街が保たれているのが信じられない。宮城道雄記念館などがある。

●新宿区下落合2丁目の東寄り、目白駅南西の台地上。通称「目白近衛町」。五摂家筆頭・近衛公爵家の東京本邸があった所で、大正後期に当主の文麿（のち首相）が住宅地として分譲。東京を代表する超高級住宅地の一つ。目白ケ丘教会、日立目白クラブ（旧学習院寄宿舎）など名建築も残る。

●港区元麻布2丁目、一本松坂から仙台坂上付近、旧麻布西町。アルゼンチン大使館や安藤記念教会裏の路地一帯。港区には昔のお屋敷町の面影を残すポイントがたくさんあるのだが、裏道まで低層マンションが林立している所が多くて少し残念、しかしこの一角は昭和の風情がよく残っている。場違い高層建築の代表「元麻布ヒルズ」がいやでも視界に入るが無視してください。

●港区南麻布3～4丁目、本村小学校周辺。ビル化は進んでいるが落ち着いた邸宅も多く残る。周辺に数多く立地する各国の大使館が町の風景を引き締めている。品格のある住宅街。

●港区白金4丁目、三光坂と聖心女子学院の間の高台一帯。旧白金三光町。現在の町名としての「港区白金」の北半分は、実は渋谷川（古川）沿いの低地で、下町っぽい風景が広がる。この辺に住んでいるのは本物のシロガネーゼではない。本当のお屋敷町としての白金は南半分の丘の上にあり、「豪邸」と形容するしかない見事な邸宅が並ぶ。三光坂から聖心女子学院の正門に至る道の銀杏並木は見事で、街並みに気品を与えている。聖心の裏手（西側）の蜀江坂付近もいい雰囲気。

●渋谷区松濤1～2丁目。「東京のお屋敷町」を語るとき、やっぱり松濤は外せない（特に1丁目の雰囲気は素晴らしい）。江戸時代は紀州徳川家の下屋敷、明治に入り旧佐賀藩主・鍋島侯爵家の所有となり、関東大震災後に住宅地として分譲された。区画が広く、広大な敷地に緑をたっぷり茂らせた邸宅が並ぶ。
渋谷区では南平台町から鉢山町にかけても都内有数の高級住宅街だが、少しビル化が進みすぎたような気もする。しかしこれが個人宅かと思うような豪壮な邸宅も多く、雰囲気は素晴らしい。

●品川区上大崎2丁目、JR山手線と首都高2号線に挟まれた一帯。旧上大崎長者丸。室町期にこの一帯を開いた「白金長者」にちなむ「白金長者丸」の名でブランド化している高級住宅地。目黒駅と目黒通りを挟んで反対側（南）にある「花房山」（上大崎3丁目）とどちらにしようか迷ったが、趣のある邸宅が長者丸のほうが多い印象があるのでこちらにする。近くなので長者丸と花房山は両方見ていただくのがお薦め。

●品川区東五反田3丁目、清泉女子大学の北側一帯。通称「島津山」。池田山を挙げるなら、谷を挟んでその一つ東にそびえる島津山の名は欠かせない。元は「袖ヶ崎」とも呼ばれた舌状台地の突端部で、江戸時代は仙台藩下屋敷、明治に入り薩摩の島津公爵家の邸宅となり、池田山と同様、関東大震災後に宅地分譲された所。台地突端部は清泉女子大の敷地が占めている（大学に用のない男性は中に入れない）が、その北側の台地上は見事なお屋敷町の雰囲気を保つ。

●大田区山王2～3丁目、大森駅西側の台地上の一帯。田園調布と同じ大田区だが、海に近い風光明媚な台地で、横浜にも近かった大森・山王地区は、明治期から外国人が好んで居を構え、その後政治家や作家など文化人が多く住んだ歴史ある住宅地。欧米人が開いた住宅地のためどこかハイカラで、歴史ある広大なテニスコートも残る。だいぶ数が少なくなったが、洒脱な洋館もまだ多く残っている。



本当は、明治以来の東京のナンバーワンのお屋敷町というのは、千代田区の番町・麹町にとどめを刺すのです。江戸時代は旗本屋敷が整然と並んでいた所でした。
皇居を囲むように、日本経済の頂点が丸の内・大手町にあり、日本の政治・行政の中心が永田町と霞が関にあるように、日本の住宅地の頂点に君臨していたのが番町・麹町でした。華族や財閥家の邸宅となるとまたちょっと別なのですが、役人や高級将校、成功し多少の蓄財をした実業家などは、番町麹町に好んで居を構えました。

昭和の戦後しばらくまで、東大へ進学するエリートコースが「番町小学校―麹町中学校―日比谷高校」であるといわれていた時代があり、公立校ながら越境入学でこれらの学校に通う児童・生徒が大勢おりました。このエリアの学校が優秀と言われたのは、学区域が都内一のお屋敷町で、教育熱心な裕福な家庭の子女が集まっていたことに理由があります。

30年ほど前（つまりバブル期前あたり）までは、番・町麹町にはまだ古いお屋敷町らしい風情が残っていたのですが、今は町全体がビル化されオフィス街になってしまって、住宅地らしい面影はよほど注意深く探さないと見つけられなくなってしまいました。

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